もくじ
東大合格トップ女子校 桜蔭中学校高等学校(中)の原点は「学びへの渇望」
桜蔭中学校高等学校は校内テストで成績順位を公表せず、宿題もほとんどない。生徒が自発的に勉強する文化が全国屈指の大学進学実績を下支えしている。数々の受賞歴を誇る書道部の活動を通じ、桜蔭生の実相を探った。
週1回の書写だけで字がきれいに
女子ご三家の一つとして知られる桜蔭。進学実績に関しては、そのなかでもずば抜けた存在だ。一方で、高2まで、なんらかの部活に所属することが必須となっており、水曜日の6限は部活の時間として定められている。
書道部の活動を見学させてもらった。全日本書芸文化院主催の全国書道コンクールや全国書初大会、成田山全国競書大会に出品。内閣総理大臣賞、文部科学大臣賞、最優秀賞など多数の受賞者を輩出している。全国書初大会では、毎年10人以上が文化院賞を獲得する強豪だ。
指導にあたるのは書道科講師の大野幸子さん。正課の授業を担当するほか書道部の指導も務めている。「いつもはもっと賑(にぎ)やかなんですけどね。
今日はお客様がいるからちょっとおすまししているんでしょう」と大野さんが私に耳打ちする。
部員は20人程度。文化祭での作品発表および「冬展」と呼ばれる校内展示が主な晴れ舞台。それに加えて各種コンクールや外部の書道展へと積極的に参加する。
美術館や博物館に鑑賞学習に行くこともある。活動は月曜日と水曜日の週2回。
指導者がお手本を書かないのが桜蔭書道部の流儀。何世紀も前の偉大な書家の古典・古筆を臨書する。中1の「九成宮醴泉銘」から高2の「粘葉本和漢朗詠集」まで、学年ごとに臨書する古典・古筆が決まっている。
この日、半紙に漢字を書いているのは、コンクール用の作品とのこと。一方で、半数以上の部員が、極細のかな文字を何度も書いていた。例年、百人一首の和歌をしおりにしたため、文化祭で来場者に配る。そのための練習だった。
字が汚いのがコンプレックスであることを私が打ち明けると、「きれいに書く方法を知らないだけです。桜蔭では、週1回の書写の授業を経験するだけで、みんなきれいな字が書けるようになります」と大野さんは教えてくれた。
高2の部員4人に聞く。
――桜蔭書道部の自慢や誇りは何か。
生徒A 歴代の先輩方の受賞経歴です。自分も後輩から憧れられるような存在になりたいと思います。書道をするには先生の丁寧なご指導が欠かせませんが、毎週書道家の先生が指導してくださるのは本当に恵まれていると思います。
――書道のどんなところが魅力か。
生徒B 字を書くこと自体が好きです。お手本通りに書けたとき、思い通りに書けたとき、うれしく思います。
生徒C 私はお手本通りに書く「書写」は得意なのですが、芸術として取り組む「書道」は小学生のころまでやっていた書道教室の書道とはちょっと勝手が違って、戸惑いました。
生徒D 字を書いているときは、雑念を忘れられるというか、落ち着けるというか……。
生徒B 一文字一文字丁寧に書きながら、和歌の意味を理解できるのも魅力かもしれません。
生徒D 私はもともと和歌が好きです。離任する先生への餞別(せんべつ)として、古今和歌集の句を自分で書いてお渡ししたことが何度かあります。
そういうときに、書道って、思いが伝わるんだなと実感しました。
生徒C コロナで延期されていた冬展を先日ようやく実現できて、一息ついたところです。いまは9月の文化祭に向けての準備が始まっています。文化祭が私たちの活動の集大成になります。
夏合宿は誰もがスランプに
――まだ5月だが、いまから数カ月もずっと同じ字ばかり練習するのか。
生徒C それぞれ数作品を出すのですが、基本的に同じ字ばかり書き続けます。夏休みに4日間の通い合宿があるのですが、そのときは朝の9時から夕方4時までひたすら同じ字をずーっと書き続けます。
合宿後半には、みんな負のオーラをまといます。
文化祭で来場者にプレゼントする手作りのしおり
生徒D 最初は順調にうまくなっていくんですけど、ある線まで来ると、それ以上が書けなくなる段階が1回あるんです。
3日目くらいにスランプが来るんだよね。自分では何がいけないのかまったくわからなくなってしまって。
生徒C ようやく作品を先生に見せに行ったら、「なんか、前のほうが良かったよね」とか言われて、「私、1日頑張ったのに……」みたいになったり。
生徒B でもそれを乗り越えてうまくなると、先生がべた褒めしてくれて、そのときは涙が出るくらいうれしいんですよ。
生徒A かなりしんどくなっているときでも書き続けられるのは、先生との交流があるからだと思います。
生徒B あと、この、いい雰囲気。
生徒C 書道は基本的に独りで取り組むものですが、だからこそみんなで励まし合います。
――将来の夢・目標、逆に現在の悩みや葛藤は?
生徒D 和歌の研究がしたいので、大学では国文学を目指そうと思っています。
生徒C いまは明確な目標をもっていないので、とりあえず目の前の勉強を頑張ることにしています。まわりのみんなが本当に優秀なので、ちょっと勉強をサボるとすぐに置いていかれてしまうというプレッシャーは大きいです。
特に高2になった瞬間、みんな思った以上に勉強するようになったよね。
生徒A 全員がお互いにそう感じて、お互いに高め合えていますね。
文化祭出展作品を折り帖(ちょう)にして冬展で展示する
生徒D その環境はすばらしいと思いますし、先生も親身になってくれます。
生徒B 私は医療系の仕事に就きたいと思っていて、そうなると勉強も頑張らなきゃいけないんですけど、でも本当にみんな頭がいいから、自分はダメだって、落ち込むことも多いです。
――そこで「まあ、いいや!」とはならない?
生徒C 「もう、いいよね」ってみんなで話をしていたはずなのに、蓋を開けてみるとみんないい点数を取っているということがよくあります。
テスト前はみんな「今回マジでやってない……」って言うんですけど、絶対信用してはいけません!
生徒B 桜蔭生の「勉強してない」は嘘だよね。
損得勘定より本当にやりたいことを選びなさい
生徒A この流れでこんなことを言うのは申し訳ないんですけど、みんなが勉強しているのは知っているのですが、私自身は本当はみんながどれくらいの成績をとっているのかがわからなくて……。
――学校のテストでは順位は出ない?
生徒A 高校生になると、10段階の分布表が配られるだけです。教科によっては平均点が明かされます。
――では、「みんなやってるじゃん!」って感じるのはどこで?
生徒D 問題集をやっているスピードとか、外部の模試を受けたときとか。
――学校から出る宿題は多い?
生徒D 基本的に宿題は出ません。でも、教科書の練習問題をやってきた前提で授業が進むので、予習してないとさっぱりわからなくなります。だからみんな必死で食らいついています。
生徒C たとえば数学では、先生に当てられたひとが答案を黒板に書いて、それをみんなで確認していくスタイルなので、みんなの前で間違えると恥ずかしい思いをすることになります。だからしっかり予習しておかないといけません。
生徒B みんなそこのプライドは低くないよね。
――なるほど。
生徒A 私の場合、中学受験のときはただ言われるがままに勉強していた感じでしたが、中学生で急に自由になって、自分の意志をもたざるを得なくなって、意志をもってここまで来たんですけど、
大学受験を前にして、逆に自分の意志に邪魔されることが増えてきた気がしていて、中学受験のときほど勉強に集中できていません。優柔不断なので、文系、理系の選択も葛藤がありました。
生徒D 私は、将来のことを考えて、理系に進むべきなのかなと、昨年まで思っていました。でも、文理の選択のときに担任の先生に相談したら、「好きなことを選ばないと勉強は続けられないよ。そんなに文学が好きなら、文学をやったほうが楽しいんじゃない?」というアドバイスをもらえて、本当に自分のやりたいことを選ぼうと、覚悟が決まりました。
校内のテストで順位は出さない。ドリル的な宿題もほとんどない。仮に成績が悪くたって、責められたりバカにされたりすることもない。でも、努力して良い成績をとれば、素直に尊敬される。やるべきことをやれていないと、自分自身が許せない。そんな文化が、桜蔭にはある。
受験テクニックを教えているわけではない。東大や医学部を受験するようにと誘導しているわけでもない。桜蔭の進学実績を支えているのは、この文化なのである。
しかも書道で鍛えた、スランプを乗り越える力と集中力を兼ね備えた彼女たちは、鬼に金棒ではないか。私は大野さんにこっそり聞いた。
「書道部の生徒たちは桜蔭の中でも優秀だったりするのですか?」。大野さんもこっそり答える。「すごく成績のいい子も多いみたいです」。