所謂受験テクニックなどというものは存在しないは本当だろうか?!

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受験テクニック

こういう議論をする上で、よく言われるのが、いわゆる受験テクニックという謎のテクニック。

「受験テクニックを磨いて、点数が取れるような試験はよくない」

だとか

「受験テクニックだけ磨いても、日常生活には何の役にも立たない」

という意見をよく見ますが、本当にそうでしょうか?

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受験テクニック批判派の意見としては、本質を理解せずに、自分の頭で考えることもせず、ただ表面的なものをなぞって大学入試で点数が取れるだけのテクニックはだめだ!という意見が大半だと思います。

はっきり言いましょう。

そんなテクニックは存在しません。

この受験テクニック批判派の方々は、ぜひ自分が思い浮かべる受験テクニックとやらを身に着けて、難関大学、日本を代表する大学を受けてみて下さい。

心配しなくても、100%落ちますから。

誰も聞いたこともないような大学だったら、受かるかもしれませんが。

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もちろん、世間一般で共通認識として受験テクニックと呼ばれているテクニックは存在します。

が、それは上述したような、テストでよい点数を取るためだけのテクニックではありません。

世間一般で言われている受験テクニックというものは、より効率的な勉強方法であったり、試験で100%の力を発揮するためにはどうすればよいのか、文章問題を理解するためにはどのようなアプローチが必要か、といったようなことであり、これはそのまま社会で通用します。

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より効率的に仕事を進めるためにはどうすればよいのか、大事な本番で100%の力を発揮するにはどうすればよいのか…

それを便宜的に受験テクニックと呼んでいるだけであって、受験だけにしか通用しない受験に便利なテクニック、などというものは存在しません。

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難関大学の二次試験は非常に考えさせる問題になっている

例えば難関大学の数学の問題。

物凄く考えて作られた問題であり、公式を暗記した程度では歯が立ちません。

応用力、思考力、ひらめき力、証明力、計算力が試されます。

で、思考力やひらめき力って現行の教育を批判している方々が、もっとつけさせるべきだ!って声高に叫んでいる力ですよね?

大丈夫です。

高校の授業でしっかり身につくようになっています。

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難関といわれる大学は、どんな生徒が入ってもいいと思っているわけではありません。

頭に思い描く生徒像があり、入試試験を課すことで、それらの生徒を選抜しているんです。

それをたった数時間の試験で行わないといけないので、問題考える方は必死です。

公式や単語を丸暗記しただけの人間なんて、どこの難関大学も欲しくはありません。

しっかり生徒に頭を使わせて、応用力、思考力、読解力、計算力を計ってます。

そして普段の学校の勉強はこれに直結しています。

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学校の勉強は社会でも役に立ちます

例えば数学。

数学の問題はルールにのっとって解かないと、正解しません。

数学が苦手な子は、このルールを理解できず、我流で解いて間違えて、数学嫌いになって…ということをしています。

我流の解き方では正解できないんです。

社会も同じです。

社会のありとあらゆる物事には基本となるルールが存在します。

そのルールを守らずして、物事がうまく進むことはあり得ません。

売られている商品には取扱説明書なるものが存在し、その説明書に従って扱うと、驚くほどの性能を発揮してくれるものもあります。

これらルールに従うことの重要性は、数学の問題を解くことによって養われます。

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また、証明問題。

これは、客観的なデータ、論拠をそろえて相手を説得する術を学びます。

これは非常に重要なスキルです。

一般社会において、自分はこう思うからこう動け!なんて言っても誰も動きません。

誰もが納得する客観的なデータをそろえ、論理だてて説明し、相手を説得することができてはじめて相手は動きます。

これは読解力の向上にもつながります。

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このように、今現在の学校教育のカリキュラムは非常によくできており、一般社会に出ても十分通用する内容なのです。

余談ですが、私が家庭教師で教えていた子に、非常に証明問題が苦手な子がいました。

どうすれば証明したことになるのか、証明には何が必要なのかが理解できてなかったのです。

その子は、読解力が低く、証明問題の文章を読んでも、意味を理解できていませんでした。

物凄く平易な言葉に置き換えて説明してあげると徐々に理解していってくれました。

つまり単に数学といっても、ある程度の読解力も必要であり、計算力を上げたり公式を覚えるだけでは解けるようにはできていないんです。

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難関大学を出て、役に立たない人材なんてごく一部

よくいう、一流大学を卒業しても役に立たない!っていう意見。

完全に間違いですよね。

適材適所ができていないか、何の根拠もないのにマウント取りたいだけか…

もちろん、ごく一部はいると思いますよ、そういう役に立たない人材。

私自身、旧帝大を卒業しているのですが、周りは本当に優秀な人間ばかりでした。

卒業後もみな第一線で活躍していますし、現在私の周りの一流大学卒はやはり優秀でバリバリ働いています。

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ので、仮に大学入学のための勉強だとしても何ら問題はありません。

高校生諸君は何も考えずに、勉強に励んでいただきたいと思います。

最後に、私が初めに就職した職場で、高卒の方と同じグループで働くことになった経験を。

その高卒の方は、高校時代に勉強しなかったことを悔いていました。

何をするにも、読解力や理解力の低さが壁となって、他人よりも行動が遅れていたからです。

決して地頭は悪くはありませんでした。

むしろ良い部類に入ったと思います。

その人は度々、高校時代から勉強しなおして大学に入りたいということをおっしゃってました。

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この人に限らず、良く人生をやり直すとしたらどこからやりなおす?という質問に、学生時代からやり直してもっと勉強したかった…と大多数の方が答えるのではないでしょうか。

つまり、みな本心では学校の勉強が役に立たないなんて思ってないんですよ。

それが一般社会に通用しないなんてことも思ってない。

結局学校教育を否定している人は、当時勉強しなかったけど、もうその時に戻ることはできない、かといって学校教育を認めてしまうと当時勉強しなかった自分自身を否定してしまうことになるから…ということではないでしょうか。

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現行の学校教育を否定することにより、学校教育が大幅に変わると、ほらみろ、俺が受けたときは無駄なことを教えていたんだ!って言い訳することもできますからね…。

ということで、現行の学校教育は決して無駄なものではありません。

学生諸君は胸を張って、安心して教育を受けてください。

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